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「生きること」と「死ぬこと」

クラニオセイクラル バイオダイナミクスは「生命」に触れるワークです。

今はバイオメカニックと呼ばれるクラニオのアプローチを学び提供していた頃、私はセッションを通して不調の軽減、回復を目指していました。生きていることが当たり前で、その中で起こる不調と向き合っていました。その後バイオダイナミクスのアプローチを学ぶ中で「生命」という言葉が頻繁に使われるようになり、改めて「生命」について考える時間が増えました。

「生命」ってなんだろう。

何をもって生命と言うのか、どんなことを生きていると言うのか。それはとても深い問いかけで簡単に答えはやってきません。ずいぶんと長い年月、この問いを心のどこかに置いて過ごしてきました。

バイオダイナミクスのトレーニングの中で頻繁に出る質問の中に「ガンの人にセッションをすることに付いて」があります。直接的な言い方をすると「バイオダイナミクスのセッションはガンに効きますか?(延命に役立ちますか?)」という質問です。

「このワークは、必ずしも命を長らえさせるとは限りません」初めてこの回答を聞いたとき、とても驚きました。生命をサポートするワークなのに、なぜ?

「生命」について考えることは、同時に「死」についても考えることになります。生命をサポートするといっても、このワークで200歳だの300歳だの長生きするわけではありません。肉体はいつかは死を迎えます。一般的に死は望まれないもの、避けたいもの。それならば、生と死の、その境目にいる人たちへのセッションはどういう意味を持つのだろう。普段とは違うアプローチが必要なのだろうか。
 

あるとき、ターミナルケアをしている方から質問がありました。「手術などの積極的な治療を施さないことを選んだ方たちへ痛みの緩和を目的とした施術をしているが、クラニオセイクラル バイオダイナミクスのアプローチは何か役に立つのでしょうか」。

どのような状況でも、痛みの軽減や楽になることを目的としたセッションを提供することは可能です。しかし、どんな状況でも延命できるのか、回復できるのか?と言えば「Yes」とは言えません。自分自身の公案のような題材が質問としてやってきた。そんな感じでした。その時、昔 同僚たちから聞いた話し、自分の体験が突然まとまりを持ち、新しい見解がやってきました。

海外の同僚のお話し。「病気で入院している人の家族の依頼で病室までセッションをしに行っていた。あるとき、セッションの終りくらいにお腹の辺りでポン!と何かが弾ける感じがした。何だろうと思っていたが、次のセッションでは胸の辺りでポン!と弾ける感触。次のセッションで頭頂でポン!不思議な感触が続くと思っていたら、その夜にその方が亡くなったという連絡を受けた」。

他の同僚の話し。「老齢で入院している家族を見舞うときは少しでも楽になれるようにと仙骨に手を置いてクラニオのリズムに耳を傾けていた。あるとき、身体の中をまるで一陣の大風が吹き上がっていく感触があり、その直後に亡くなった。あの風に乗って旅立ったのだと思った」。

私自身の家族が老齢で入院したとき。お見舞いに行くたびに手を握って簡単なセッションをし、「生命の呼吸 ブレス オブ ライフ」と言われるクラニオのリズムを確かめていました。その時はいつにも増して驚くほど元気なリズムだったので、「これなら当分大丈夫」と思った矢先に亡くなりました。

クラニオセイクラル バイオダイナミクスでは、身体の中心軸を上昇する風のような流れによって生命力が持ち込まれると言われます。セッションでは、この中心軸に沿った流れが整うことをサポートすることで、生命のリズムが明瞭になり、駆動力が増すことが感じられます。

先の3つの例と合わせて考えるに、変な表現かもしれませんが、健全に亡くなるためにも「生命力」が必要なのではないか?と思い至りました。亡くなる直前に元気になるというお話もよく聞きます。お腹や胸、頭頂でポン!と弾けた感覚は、中心軸の詰まりがなくなり通りが良くなったサインかもしれません。「生きること」と「死ぬこと」は相対するものではなく、どちらも「生命の流れ」の自然な現象なのかもしれません。

 

もし、「生命力」をサポートするということは、健全に生きることだけでなく、健全に亡くなることも範疇に入ってくるのであれば…。生と死の、その境目にいる人たちへのセッションはどういう意味を持つのだろう。普段とは違うアプローチが必要なのだろうか。
留まるか、旅立つか、それは身体が決めること。プラクティショナーは内側の静かな空間に留まりながら「生命の呼吸」が起こすリズムに耳を傾け、生命力が満ちることをサポートする。生まれたばかりの赤ちゃんでも、子どもでも、大人でも、とても大変な状態の人でも、旅立つ直前の人でも、アプローチは変わらない。死ぬ瞬間まで生きようとする生命が、生き切ることをサポートする。

これが私の、この公案への答えです。


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プロフィール

木村まや

Author:木村まや
1994年にクラニオセイクラル ワークに出会い、それからずっとこのワークの探求を続けています。

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