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何もしないワーク

クラニオセイクラル バイオダイナミクスのプラクティショナーはセッションで「何もしない」と言いますが「何もしない」とは、どのようなことを言うのでしょうか?プラクティショナーとして、それを探求する日々を過ごしています。

たとえば、頭に触れます。仰向けになった頭の下、後頭部に手を置いてその上に頭が乗っている状態。それで何が分かるのか、と言うと、実に様々な情報がやってきます。頭の重さ、傾き、ねじれ、形状、緊張している、引っ張られている、密集している/空間が広がっている、etc.

 

これらを感じながら、自分自身の状態にも気づいています。

 

そして、その頭をそのまま受け入れます。傾いていたら傾いたまま。捻れていたら捻れたまま。もちろん「この状態がずっと続いて欲しい」訳ではありません。でも、その状態は体がベストを尽くした結果です。まずはその状態を、あるがままに受け止めて手の中で感じてみます。どうしようとか、こうしようとかの意図は持ちません。オープンマインドです。

そうしていると、本当に不思議なのですが、触れている頭の状態が変化し始めます。熱を放出したり、液体のように流動的になったり、頭の重みがかかっていたところが移動し始めたり。時には傾いていた頭が具体的に動いていこうとする兆しを感じることがあります。

 

これらを感じながら、自分自身の状態にも気づいています。

 

頭の重みが動きを制限しているときは、その重みを支えると、勝手に動いていきます。しかし、どこへどのように動くのかは想像がつきません。動きが、ふっと止まって、しばらく留まったのちに、緊張が解けていたりします。静寂、深い沈黙の中に入っていくこともあります。

 

これらを感じながら、自分自身の状態にも気づいています。

 

頭に触れながら、たとえば首や背骨、骨盤、背中や横隔膜など離れた場所の情報も届きます。右半身、左半身のようなエリアの状態を感じることもあります。その人を包む空間も情報のひとつです。それらを眺める感じで、パラボラアンテナのようにただ情報を受け取ります。

プラクティショナーの「こうあって欲しい」「こうあらねば」という意図を押し付けることなく、いろいろ学んだことは「カーテンの後」に置いて、心静かに座る。そして自発的に起こる変化を見守る。

 

『静かに座って何もしない 春が来て草はひとりでに生える』

 

「何もしない」ことを会得するのは、禅の僧侶の修行に似ている気がします。
瞑想を始めて30年余、クラニオを学んで20年弱。まだまだ道半ば。

私にとって、まさにライフワークです。
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プロフィール

木村まや

Author:木村まや
1994年にクラニオセイクラル ワークに出会い、それからずっとこのワークの探求を続けています。

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